2009年06月10日

6月 震災14年に震災資料室設立  

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6月トーク1 野田北まちづくり協議会事務局長 河合節二さん
 地域住民として当時の話、そして今に続くその思い

6月トーク2 野田北まちづくり協議会事務局長 河合節二さん
 たかとりコミュニティセンター1階に震災資料室設置

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2009年05月05日

5月地域の消防団団員として、地域の商業者として

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5月のトーク1 野田北の第8分団分団 分団長為岡務さん 班長花房浩次さん 消防団について

長田消防団は1〜8まで(東の方からはじまり西の方へ8つの分団が)存在する。
分団員の定員は18名だが、現在は16名で活動中。

為岡務さん「いま、このラジオの放送中にも無線をもっています。普段から、何時どこで連絡があっても駆けつけられる態勢をとっています。兵庫県全体からの消防連絡が入るため、夜中寝ている時に鳴ることもしばしば。私自身平成9年に団員となったので、阪神・淡路大震災の起こった当時はまだ団員ではありませんでした。40歳代のころ、野田の自治会長をしていたのですが、震災をきっかけに防火管理ということで、消防団へ入ることになりました。」

花房さん「私は、昭和63年に入団しました。なので、キャリアとしては為岡さんよりも長いということになりますね。高校を卒業してから9代目になる実家の畳屋を継いでいたのですが、ある日消防団に欠員が出た、というのを聞いて入団する事になりました。なので、震災当時はすでに入団。自宅は久保町にあったのですが、敷地が防災地区に入っていたため再建していました。なので、周りの家よりも比較的被害は少なかったですね。震災時は、実家の畳屋へ仕事の依頼もあったのですが、それを断って救出活動にあたっていました。はじめは消火活動よりも、生き埋めになってしまった人たちの救出が主でした。」

震災時は、救出活動ばかりしていたので、ほとんど家にいない状況でした。
今年4月に20歳の新人が入ったのですが、昔と今では仕事の内容も変わった点が多々あります。
何よりも、震災後の取り組みとして、各分団に新たな仕組みが導入されています。
各分団に小型ポンプが設置され、消防車が到着するまでの間でも“初期消火”活動ができるようになりました。また、大規模火災の出動訓練など、阪神・淡路大震災から学んだことを生かす取り組みが増えたと思いますね。

現在、二人とも救急インストラクターの免許をもっており、心肺蘇生を教えるほかにも 震災後増えたコミュニティセンターの自治会への指導をはじめ、地域住民への指導・講習も行っている。

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5月のトーク2 地域の瓦屋として為岡さん、地域の畳屋として花房さん

お二人とも、震災当時は消防団や自治会長として救出活動の傍らで、瓦屋や畳屋としての仕事依頼もあり、大変忙しい日々を送っていた様子。

為岡さん「地元で、瓦屋として屋根の工事を主に、外装工事も行っています。震災後、家の倒壊の原因として瓦が重たいから と言われたのは辛かったですね。当時は、200件以上の屋根の修理にあたりました。傷んだ瓦は修理し、完全に壊れていたものは新しい屋根材を貼り付けるなどの作業をしました。」
花房さん「私のところの畳屋は、電気や水道が回復してから仕事を再開しだしたのですが、やはり関東から業者が多く来たこともあり、震災後に建った家はほとんどが関東間になっているのが現状です。また、昔よりも畳の間のある家が減ってきています。畳屋の中には、畳だけではやっていられないので
ふすまや内装関係の仕事を取り扱っているところもありますが、私たちは畳をおろそかにしたくないという思いもあり、畳だけを取り扱っています。畳職は、最近ではほとんど年配の人ばかりで、跡取りがいなかったらお店をたたんでしまうところが多いので だいぶ減ってきていますね。」

瓦においても畳においても、様式が関東風へと移り変わってきています。
震災後、建築様式がガラッと変わったので、職人である立場のものは、その時代に応じた建築様式に合わせた技術をつけなければならなくなってきています。

――放送中、無線に連絡が入る――

無線に連絡が入れば、すぐに駆けつけるようにしています。
消防団としての役割は、救出がスムーズに行われるように、消防署へ地元の情報(例えば被災元の家族人数など)を伝えることです。また、現場での他の住民の安否や、野次馬が危険な行動にでないようにする役目も担っています。現在、女性の消防団員はいないのですが募集しております。女性が加わることによって、地域住民と情報を共有でき、より良いネットワーク作りができるのではないかと思いますね。
私たち消防団員から伝えたいことは、もし今後地震が起こったときは、第1に避難をして欲しいということ。火を止めるのも大事だが、激しい揺れの中で火の近くにいることは危険です。まず逃げる、そして火を止めるのは揺れがおさまってからにしましょう。そして、家族など身近な人たちの安否の確認。となり近所のつきあいを大切にし、いざという時に助け合える仲を日ごろからつくっておく事が重要です。
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2009年04月06日

4月震災のとき見えた定住外国人の状況、実は。。。

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4月トーク1 多文化共生センター代表理事 田村太郎さん

現在、多言語で情報提供をするために全国4ヶ所に活動の拠点をおいている田村太郎さん。

震災時は伊丹に居住。もともとスペイン語を話すことができたので、大阪でフィリピン人向けのビデオレンタル屋をしていました。地震によって多くの外国人が困っていることを知り、多言語で情報を届けようと思ったのがきっかけで、多文化の共生できるセンターを大阪にたちあげました。震災の現場ではなく大阪に事務所を置くことによって、適度な距離を置いたところから被災の全体を把握することができました。

はじめは7人でたちあげ、外国人からの相談受け付けをはじめたのですが、現状は思っていたより深刻でした。
なかでも多かった相談は、「お金・仕事・家」について。震災で外国人が困っていることは目に見て分かることだけではなく、言語の違いによって伝えられない悩み・不安は生活に重要な部分ばかりでした。
避難所に行けば、救済における申請書はそろえてありますが、被害が多ければ多いほど、外国人にとってはその“申請”という、読んで分かる資料の理解が難しい…言葉の壁によって悩んでいる彼らを、さまざまな言語によって助ける活動を行いました。

活動を通じて気づいたことは、日常生活で外国人に対する情報が極端に少なかったということです。外国人にとっては、なにも震災だからといって困っていたわけではなく、普段から得られる情報の少なさにずっと困っていたということでした。

4月トーク2 多文化共生センター代表理事 田村太郎さん

日本で生活している外国人の問題として、あまり知られていないのが「教育」について。日本では学校に行くはずの年齢なのに、就学していない外国人は、全体の2割ほどもいるのが現状です。
家庭の事情や、学校からの通達の問題など、様々な背景があります。

そして最近力をいれていることは、企業向けのセミナー。もっと外国人を雇用してください、ということを企業に呼びかける活動をしています。日本の型にはまった内容ばかりではなく、職場が多文化になっていくことは、企業にとっても良いことであるのではないでしょうか。最近は、介護の現場に多くの外国人が雇用されていますが、あらゆる職場に多文化共存のマネジメントがなされていくことが重要だと考えています。

今後は、外国人と日本人の違いだけではなく、男女の違い・障害のあるないの違い・年齢の違い など、様々な“違い”に着目した地域づくりを目指して活動をしていきたいと思っています。また、今後再び災害が起こった時に、スムーズに避難生活が送れるような訓練も行っています。「一泊宿泊訓練」という、実際に避難所生活を1泊体験することで、現状を頭で理解しただけでは気づかなかった問題点、また、どのような張り紙がより役に立つかなどの改善点や、災害の状況でよく使われる単語は何かなど、身を持って感じることができます。

普段目に見えないところに隠れていた、いろんな問題の“ふた”が開いてしまったのが震災であったと思います。今後の教訓としては、その問題にもう一度“ふた”をしてしまうのではなく、見つけたものに対してきちんと取り組み、より良い地域づくりをしていくことが私達につきつけられた課題だと思っています。
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2009年03月03日

3月 神戸の特色を生かしたまちづくり!

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3月のトーク1 神戸市市長 矢田立郎さん
震災当時の話をお聞きしました。
周りを囲んでいるのは甲南女子大学の先生と引率の先生、そして甲南女子大学と短期留学の交流を行っている韓国ソウル市にある淑明女子大学の生徒と引率の先生。

震災当時は、神戸の港湾の責任者として働いていました。その後、民政など様々なことに携わってきました。FMわぃわぃを訪れ、1階にある震災の資料室を見ると、震災直後のことがよみがえってきました。現在の町の様子との比較は、実際には震災直後の町を知るものでないと分からないことも多いかもしれません。
先日、兵庫県との姉妹都市である西オーストラリアの首相が訪れたのですが、この町の復興の様子を素晴らしいと言っておられました。私にとってこの15年は、長いようでもありますが、つい最近のことのようにも思えます。

震災直後は、海からの供給物資を、新神戸駅にあつめてそれを配っていく手伝いをしていました。人の命がどんどん失われていく中で、これ以上犠牲者を出してはいけないというい想い同時に、亡くなった人の周りの立場におかれている方々を、できる限りフォローしようとおもっていました。震災直後は、一致団結しよう!という気持ちは強かったのですが、月日が経つにつれて徐々にその町全体の意識が薄れつつあったのも事実です。皆の意識を高く保つためにも、市の予算に応じて、市民の暮らしへの安定にどう立ち向かっていくかが1番大きな項目でした。

被災者の生活において、仮設住宅のときは、お互いが支えあって助け合うということは比較的個々が近くにいるので自然とできたのですが、災害工事住宅に入ると、一戸一戸孤立した状態になってしまうので、そこでどうやってコミュニティ(地域)を形成していくか、というのが大きな課題でした。
顔見知りのない環境の中で、コミュニティを形成するのにとても時間がかかり、区の職員などが相談にのったりもしたのですが、そのうちに自分達でできることをやろう、と声をあげる人が徐々に出てきました。

市長になって8年近くたちますが、まだまだ新しいまちづくり・復興にかけています。ポイントとして、コミュニティが、いかに力をあわせて、自助・共助の仕組みをつくりあげていくかが重要であると考えています。

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3月のトーク2 神戸市市長 矢田立郎さん
震災直後からのまちづくりとして、今後再び大きな災害が起こったときのために、耐震診断をより行うようにしています。震災後におよそ77%の建物の耐震化がはかられましたが、残り2割ほどの建物は耐震化がはかられていない状況です。県・市、または震災復興支援によって、耐震診断を無料で行うような取り組みを進めています。

また、それに加えて個人が自分の命を守るためにやっておかなければならないこともたくさんあります。耐震については金銭面での問題も生まれてくるので、できるかぎりのことは各自でやっていかなければなりません。
神戸の特性のひとつに、国際性があります。現在、神戸市には4万4千人ほどの外国人が居住しています。1番多いのは韓国人で、約2万5千人、続いて中国人が約1万2千人、そして長田に多く住んでいるベトナム人、そしてアメリカ、ブラジル、インド、フィリピンの方々は1千人ちかくいます。外国人の居住している区別でいうと、長田区は、1番である中央区につづいて外国の方が多い地域です。この多文化共生をいかに生かしていくには、やはりコミュニケーションがキーポイントでしょう。
6月には、北野町に、移民の海外居住と文化の交流をはかるセンターをオープンする予定です。そこでは、多文化の言語をはじめ、文化の理解を深める取り組みを行おうと思っています。

今後は、多言語の案内マップの配布や、駅や空港でのわかりやすい案内など、外国人がある程度個人で行動できるまちを目指していきたいですね。
教訓としては、「命の大切さ」そして「コミュニティの大切さ」です。あらゆる面においてお互いが助け合い支えあって、ユニバーサルなまちをつくっていくことを原点とし、人との付き合いを大切にしていくことで、個人が孤立することのない社会を目指していこうと考えています。

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2009年02月02日

2月 震災前・直後・そしてそこから

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2月のトーク1 阪神高齢者・障害者支援ネットワーク 黒田裕子さん
宝塚での被災、当時は大病院の看護者としての管理職だった。避難所での救護体制を整え1ヵ月後病院業務に戻ったとき、神戸の状況を知り病院業務を退職し、急遽以前からネットワークのあった長田に駆けつけた。そこから始まった避難所、仮設住宅での泊り込み現場活動。


2月のトーク2 阪神高齢者・障害者支援ネットワーク 黒田裕子さん
阪神高齢者・障害者支援ネットワークの立ち上げとそこから始まった災害地への救援活動と知恵の伝達。
災害地で学ぶこと、支援するという立場ではなく、「共に寄り添う」「共に学ばせていただく」という姿勢を貫くこと。その大切さを次世代の若者達に伝える。
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2008年12月23日

12月のパート2 日常の挨拶から始まる強い地域

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12月のトーク2 野田北部自治会理事 高木邦子さん
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12月のパート1 粘り強く伝える必要がある!

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12月のトーク1 神戸東急イン料飲支配人 中山義昭さん
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2008年11月05日

11月のパート2 地域の中で顔の見える関係作り

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11月のトーク2 カトリックたかとり教会 鈴木迪子さん
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2008年11月04日

11月のパート1 日常からの家作り

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11月のトーク1 椛蜥ヒ板金工作所代表取締役 大塚利一さん
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