2009年02月02日

2月 震災前・直後・そしてそこから

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2月のトーク1 阪神高齢者・障害者支援ネットワーク 黒田裕子さん

高齢者や障害者のネットワークの他、震災を期に様々な活動をしています。

震災までは宝塚在住で、阪神間を中心に看護師をしていました。
震災の日すぐに出勤すると市内の病院がいっぱいになっていたため、宝塚総合体育館に救護センターを立ち上げました。宝塚市では死者が87名でしたが、そのうちの47名をここでお受けすることになりました。建物の下敷きになるなど大変な状況でしたので、泥を拭くことも言葉を添えることもできない状態で、今でも心が痛みます。
また、避難所に入れなかった1200名も受入ました。

1ヶ月後にライフラインが復旧し、避難所は引き上げることになりました。しかし、神戸はまだ悲惨な状況でした。新聞などでは連日、孤独死のことが報道されていたことから、「今しかできないことをしよう」と思い立ち、退職願を出して長田区へやってきました。
長田区では、避難所に入れずに公園で過ごしている人が少なくなく、その多くは高齢者でした。そこで、この方々を受け入れるため、旧知だった林山クリニックの梁先生と高齢者ケアセンターの中辻さんとの3人で老人ホームを借り、長田支援ネットワークの活動を開始しました。

4月になって仮設住宅の建設が本格化し始めた頃、梁さんが神戸市内の状況を調査されたのですが、最も大きい規模だったのが西区西神にある第7仮設住宅でした。しかし、ボランティアは入っておらず行政の対応も不十分でした。そこで出会ったのが盲人の夫妻と手術の失敗から下半身が麻痺したままの方でした。
1060世帯1800名が住むこの仮説住宅では、高齢化率が47.7%、65歳以上の独居者が450名という状態でした。活動の拠点をここに移すにあたって阪神高齢者・障害者支援ネットワークに改称し、6月15日には40畳のテントを設置し、24時間体制での運営を開始しました。西区内7000戸には仮設住宅がありましたが、周辺を含めた3000戸を担当することになりました。
当初のスタッフは約10名。医療関係者は梁先生と私の2人でした。その後、看護師、管理栄養士、作業療法士、理学療法士などが加わり、休日を利用して医師にも協力してもらいました。こうして、医療と福祉を連動させる取り組みを行っていったのです。

当初は3名だった認知症の方が環境の変化によって増えていきました。またアルコール依存症も増えました。他の仮設住宅でも同様のことが起こっていると思い、神戸市に調査を依頼したところかなりの数で増えていることが分かりました。
こうしてその対策を進めていくことになりました。時間が経つにつれて増えていった空き家を利用して、認知症、アルコール依存症、虚弱者などが住める場を提供していったのです。平成18年度から制度化されたグループハウス、グループホーム、宅老所などの仕組みは、神戸から発信したものです。

一方、仮設住宅には仕事を失った人が集まっていました。そこで敷地内の広場に作業所をつくることを提案しましたが、市から許可が出なかったため、集会所で内職をすることにしました。たとえ僅かな額でも稼げることで、生きがいを感じることができるこの取り組みは、高塚台でのグループハウスづくりにつながっています。

どのような状況下にあっても、人権尊重される住まい方があるはずです。どのようにすれば安心して快適に暮らせるか。現場に現実があって、問題解決もそこにあります。


2月のトーク2 阪神高齢者・障害者支援ネットワーク 黒田裕子さん

「場づくりが人づくりになる」と地下鉄伊川谷駅構内ではじめた作業所は、袋、キーホルダー、マットなど自分たちでつくったものを売るという形で、コミュニティビジネスとして継続しています。
加齢とともにひとりで生きていくのが嫌になっていくという方が来られます。そのような人たちは閉じこもりになりがちですが、ひとりにしないようにしています。
今では全国で取り組まれるようになったお茶会、包括支援センター、高齢者広場なども、いずれも仮設住宅からはじまったものです。高齢者が今を生ききるための仕組みをつくっていくことで、心と体を一体とした健康管理ができるようになってきました。

こうした経験をもとに、他国で起こる震災の場に行くようになりました。これまで、台湾、トルコ、中国四川などに行きました。
震災といっても災害は様々な形となって現れますので、まずは現場に入らないと判断できないことは多いです。しかし、国境を越えても命をもつ人間という存在は同じですから、最後のひとりまで見捨てないということは変わりません。
私は看護師ですが、医療職は道具のひとつだと思っています。瓦礫を片付けたり、話をしたり、必要なことをします。行った先でご飯を食べて行って欲しいと言われることがありますが、それをいただくことで元気が出たという反応がかえってきます。これもボランティアのひとつだと思っています。

どこに国に行っても大切なことは、ボランティアは相手の気持ちの中に土足で入らないということです。「人権を守ってその人と向き合う」「共に学ばせてもらう」「寄り添う」という気持ちがないとコミュニケーションがとれません。相手の気持ちをくみ取らずに、こちらの思いだけで相手をこちらに向かせるということは絶対にしてはいけないことです。
近年、「心のケア」の必要性について言われますが、それありきではないと思っています。色んなことを聞くことで自分の思いを語らせるといった研究がありますが、私は感心しません。そばにいるだけでもケアになることもあるのです。大切なのは、傍らで相手の気持ちに寄り添えるかということです。

当センターには、学生や企業研修など、若い人がたくさん来られます。その人たちに言っていることは、日常生活で出会う色んな人たちと言葉を交わす中で、相手がどんな反応をしたのか、自分を振りかえるきっかけとなっているかといったことを心がけることです。その積み重ねによって、どのような状況下においても相手と向き合い、寄り添うことができるようになります。
対象は人間です。当センターにぜひ来てください。いい学びを得ることができると思います。


posted by FMYY at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ポッドキャスティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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